コラム

ロボットビジネスにおけるリスクと未来

筆者:須佐 亮太

ロボティクス

2016.02.10


前回まで、ヒューマノイドロボットNAOや他のロボットに焦点を当て、ロボット産業の拡大性を考察し、またGUIに代表されるロボットの制御も、より一般的になっていった例を紹介しました。 今回のコラムでは、今我々が目の前にしているロボットの時代が、本当に安全なものと言えるのか、未来のロボット達は我々とどう向き合うようになり、我々はロボットとどう付き合っていくべきなのか、ということを考察したいと思います。


ロボットが引き起こすリスクは、人間によるものであるということ


前回のコラムはこちらから
NAOと考える「ロボットビジネス」
様々なロボットと、現在のロボットビジネス
NAOにプログラミングしてみよう

ロボットのリスクと聞くと、まっさきに「ターミネーター」や「マトリックス」などのような、人工知能によって人間が支配されようとする世界を思い浮かべる人が少なくないと思います。 確かにAIによりロボットが意思を持ったら、人間と共存することが可能なのか、という議論は20年以上前からあるものですが、現実的にそんな未来は、まだ空想で楽しむ程度のものだと言えるでしょう。

人工知能によるリスクについては後で触れるとして、本来、ロボットが引き起こすリスクを考える上で一番大切なのは、「ロボットはそれ自体は未完成品であり、人間によるシステムインテグレーションにより、完成するもの」だということです。

つまり、ロボットというハードに、ソフトを組み込む人間が、「完璧に正しい行い」をしなければ、100%安心してロボットと暮らすことができないのではないでしょうか。

そうなると、ロボットにソフトを組み込むインテグレーター企業が、最善の努力をすることは勿論のこと、それを管理、監視する社会も、きちんとした道筋で設計しなくてはなりません。 産業のみならず、教育、サービス、コミュニケーションという分野にまで進出しているロボットに、各々専門のインテグレーターが現れ、その内容が複雑になるとき、果たしてそれを管理する社会の形成は可能なのだろうか、ということを、我々は常に考えなくてはなりません。

究極的にこの議論は、「善悪とは何なのか」という哲学的な考察に行き着き、我々を永遠に悩ませる命題になるでしょう。 まさに、ロボットを考えるということは、人間を考えること、なのです。

ロボットを考えるということは、人間を考える、ということ。

自動化、というリスク


また、ロボットのリスクを考える上で、人工知能と同じくらい頻繁に議題に上がるものが、自動化によるリスクです。 これについては、以下のページに面白い記事があります。
「「ロボットカーは乗員をどこまで守る?」AIが倫理ジレンマに遭遇したらどう判断させるかの研究結果」
http://japanese.engadget.com/2015/10/28/ai/

まるでマイケル・サンデルの「正義の授業」のようですが、つまりは、全てをIoT化することにより、人間の思考まで自動化せざるを得ない状況になってしまうのではないか、という考えです。

Google社が発明した、「ロボットカー」

責任というリスク


ロボットが事故を起こしたら、それは誰の責任になるのだろうか。この議論は、ロボットをビジネスとして考える人全てが経験するものでしょう。 ハードのメーカー、システムインテグレーター、ユーザー、それぞれの責任の分配は適切に行われているのだろうか、という議論は、非常に重要なものです。
ただし、この議論は終着点が非常に難解であるために、「過剰にリスク回避をしようとして、ビジネスチャンスを失う」という批判もあるようです。

http://www.sankeibiz.jp/business/news/120212/bsb1202121800000-n1.htm

お掃除ロボット、という考えは日本発?

人工知能というリスク


冒頭にも書きましたが、人工知能によるリスクを考える議論は、非常に活発に行われておりますが、そのほとんどが「ロボットが意思を持つ可能性について」という空想に終始しています。

ロボットに欲求を持たせるかどうかという議論は一旦避け、現在の人工知能のケースで考えられることは、「人工知能とはあくまでも可能性の提示であり、サービスに直結すると考えることは危険なのではないだろうか」ということではないでしょうか。

たとえば、海外の新興銀行が、大手銀行に先駆けて融資の審査に人口知能を導入し話題になりましたが(http://ventureclef.com/blog2/?p=2756) これはあくまでも「人間が設けた基準に照らし、AIが判断する」というものですから、有用性は高いと言えるでしょう。企業として、リスクの設定をし、会社の方針が揺らがないようにするために、最も可能性の高い道を「選ばなくてはならない」からです。

しかし、もし仮に、人工知能によって「最も値上がりする証券銘柄を算出して、資産運用に役立てる」というサービスがあったらどうでしょうか。本来の投資という意味合いは消え、人工知能が算出した企業のみが社会的に有用とされ、その他は淘汰されるとなると、人間の思考自体も画一化されてしまいます。企業の持つ情熱に投資している人々は、このサービスに猛反発するでしょう。

裁判の判決や、争いごとの仲裁など、人々が下す判断のほとんどは、単なる可能性の提示ではありません。接客や介護現場でのロボットの活躍が目覚ましい時代であっても、サービスの自動化には、昔以上に頭を悩ませる必要があるのではないでしょうか。

人工知能=最善のサービス?

おわりに


今回のコラムでは、あえてビジネスの裏側にある、リスクや倫理という部分に焦点を当てました。
次回より、実際に我々JTPが関わったロボットの「仕事」を紹介させて頂きます。引き続き、宜しくお願い致します。

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筆者紹介

須佐 亮太

プロフィール

須佐 亮太(Ryota Susa)

デジタル戦略部 セールスマネージャー
ヒューマノイドロボット NAO(ナオ)、NAOを使った教育プログラム、ロボットアプリケーション営業として、2015年3月に入社致しました。

大学では国文学と社会学を学んでいましたが、様々な縁があり、IT業界に従事しております。
趣味は読書と映画鑑賞。好きな作家は川端康成と宮本輝です。
NAOと共に、精一杯成長していきたいと考えておりますので、宜しくお願い致します。


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